「忠臣蔵」で知られる赤穂浪士の吉良邸討ち入りに15歳で加わったとされる大石内蔵助の長男主税(ちから)が、親族に送った書状が奈良県高取町の民家に残されていたことが30日、分かった。討ち入りの約3カ月半前の日付で「近いうちに、父内蔵助と同道し遠方に参ります」との記述があり、秘密に練られていた計画をほのめかしている。筆跡を鑑定し、主税の直筆と判断した兵庫県豊岡市立出土文化財管理センターの瀬戸谷晧所長は「10代で亡くなった主税の書状はほとんどなく希少性がある。大石の親族や応援している人の動きを知る上でも貴重だ」と話している。書状のあて先は、内蔵助の妻で主税の母りくの叔母にあたる高取藩の筆頭家老中谷清右衛門の妻香。「それ(内蔵助との同道)につきまして、何よりの物をお送りくださり、かたじけなく存じます」と感謝の言葉が記され、父子の江戸入りを知ったとみられる香が支援のために何らかの品物を贈ったことがうかがえる。「ことのほど取り込み」と、出発が近づき慌ただしさが増した様子もつづられていた。2010/01/30 22:07 【共同通信】